将棋アンテナ 棒銀くん
  • 田丸 雑学堂

    田丸 雑学堂 (田丸昇 九段)さんのTwitterデータ

    @NoboruTama0505
    将棋棋士の田丸昇(九段)です。約50年の棋士人生で得た経験や知識を基に、将棋界の情報や裏話、雑学などを書きます。私が関心を持つ将棋以外の分野をたまに題材にします。若い頃に撮った写真や所有している写真も載せます。コメントをお待ちしています。
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    • 開始した日 2023年9月17日
    • 住所 東京都
  • 1982年の名人戦(中原誠名人ー加藤一二三九段)最終局の終盤で、勝ちを確信した加藤は「なるほど、なるほど」と声を上げ、ウヒョーと奇声を上げた。後年に「私が喜びのあまり興奮したと言われましたが、いつの日か名人になれると信じて精進したことが叶うんだ、という万感の思いがありました」と語った。
  • 加藤一二三は中原誠に20連敗した時期があったが、決してめげなかった。攻めが強い中原に対して、それ以上に鋭く攻めることを心がけると、タイトル戦で中原を打倒して苦手意識を払拭した。そして、クリスチャンの加藤は教会のミサで神秘的な経験をして、「いつの日か名人になれる」と強く思ったという。
  • 伊藤匠は藤井聡太に叡王戦第2局で勝つまで11連敗した。ただ勝負というものは、1局の勝利で潮目が変わることがある。第1局の内容も良く、第3局で連勝もありうる。同一カードの連敗記録では、加藤一二三は1969年から1976年までの8年間に、中原誠に何と20連敗もした。実力者同士では珍しい記録だ。
  • 伊藤匠が2020年秋に四段昇段で棋士になったとき、同学年の藤井聡太は二冠(棋聖・王位)を獲得していた。伊藤は「彼(藤井)はいつも勝っていて、自分が情けなく思った。今はだいぶ離されているが、いつかタイトル戦で対戦したい」と、奨励会時代の思いを語った。それから3年後の昨年に竜王戦で挑戦した。
  • 藤井聡太と伊藤匠は小学3年のときにある大会の準決勝で対戦し、伊藤が勝つと藤井は大泣きした。それは負けたときのいつもの光景で、同伴した母親はじっと見守っていたという。後年に伊藤は「藤井を泣かせた」として有名になった。藤井より1年後に奨励会に入った伊藤は、四段昇段で4年も後れた。
  • 4月20日に行われた叡王戦(藤井聡太叡王ー伊藤匠七段)五番勝負第2局。角換わりの戦型から激闘となり、両者は1手60秒の秒読みで終盤に突入した。藤井の玉が詰むかどうかの状況で、伊藤が即詰みに討ち取った。藤井は玉の逃げ方を誤ったようだ。公式戦で藤井に11敗1分けだった伊藤は初勝利を挙げた。
  • 2016年の名人戦第1局の前夜祭。右から清水市代女流六段、羽生善治名人、挑戦者の佐藤天彦八段、カロリーナ・ステチェンスカ女流3級。羽生は第1局に勝ったが、第2局で即詰みを逃したのが響き、1勝4敗で名人を失った。佐藤はクラシック音楽や西洋美術を愛好し、「貴族」の愛称がついた。※撮影田丸
  • 2011年からの名人戦で森内俊之と羽生善治は3年連続で対戦し、いずれも森内が制した。2014年の名人戦は羽生が森内に4連勝し、3度目の名人復位を果たした。就位式は「ホテル椿山荘」で開かれ、羽生のファンで携帯の待ち受け画面に羽生の写真を載せるという女優の高梨臨が花束を贈った。※撮影田丸
  • 2013年の名人戦前夜祭で俳優の渡辺徹が祝辞を述べた。「森内さんと羽生さんは名人戦で3年連続で対戦し、1局ごとに2日間も相手のことを考えていますが、恋愛しているようなものです。あるイベントのペア将棋で当時『七冠』の羽生さんと『百貫デブ』の私が組み、私がヘマをして負けました」※撮影田丸
  • 2012年の名人戦第3局は、前年3月11日に起きた東日本大震災への復興支援として、福島県いわき市のハワイアンリゾート施設が対局場となった。第1局の前夜祭には、そんな縁でフラガールたちがお祝いに駆けつけて優雅な踊りを披露した。中央の左は森内俊之名人、右は挑戦者の羽生善治二冠。※撮影田丸
  • 江戸幕府初代将軍の徳川家康は慶長17年(1612)に「将棋所」を設け、棋士たちに扶持を与えて庇護した。将棋連盟は400年後の2012年に「名人400年」の行事を開き、名人戦前夜祭に名人経験者が集まった。右から佐藤康光、加藤一二三、羽生善治、中原誠、森内俊之、米長邦雄、谷川浩司、丸山忠久。※撮影田丸
  • 「春はあけぼの……」ならぬ春は将棋名人戦の季節。藤井聡太名人に豊島将之九段が挑戦する今年の名人戦第1局は4月10、11日に行われた。終盤では豊島が勝ち筋だったが悪手を指し、藤井が逆転勝ちした。対局場は東京・目白「ホテル椿山荘東京」で、開幕局として定着している。過去の前夜祭を紹介する。
  • 十段を取得した棋士は塚田正夫(名誉十段)、大山康晴(永世十段)、中原誠(同)。もう1人は江戸幕府初代将軍の徳川家康。「名人400年」を迎えた2012年には、将棋連盟会長の米長邦雄は「私たち棋士が今日あるのは、将棋界の基礎を作ってくれた徳川家康公のおかげ」と挨拶し、家康に十段の推戴状を贈った。
  • 加藤一二三は2001年の将棋連盟総会で「十段昇段規定」を提案した。ただ段位は重要問題だけに以後の進展は特になかった。本人も近年はあまり触れていない。大きな実績を挙げた棋士には、「棋匠や玄棋などの特別称号を与える」(七千夜叉さん)というのは一案だ。田丸は「名誉(タイトル名)」がいいと思う。
  • 2001年の将棋連盟総会で、普段はほとんど発言しない加藤一二三が「私は九段に昇段してから700勝以上し、通算勝利は1200勝に達しました。1000勝している有吉(道夫)さんや内藤(國雄)さんのためにも、新しい肩書を与えてほしいと希望します。具体的には十段昇段規定を提案します」と語って注目された。
  • 棋士の最高段位は九段。以前に十段というタイトルがあったが段位ではない。正直なところ、永世称号の棋士やタイトル経験者の棋士と、唯一の実績がA級1期の田丸が同じ九段というのは引け目を感じる。十段の段位を設けてほしい。将棋界を知らない初対面の人には「九段(下)の田丸」と地名で挨拶する。
  • 田丸が2013年に九段に昇段すると、「将棋大賞で受賞歴がない唯一の棋士」と言われた。確かに優秀棋士、三賞、記録部門などで受賞していない。五段時代には1975年2月から6月まで12連勝したのだが、同年10月から翌年2月まで石田和雄が13連勝して連勝賞を獲得した。将棋大賞はこのように縁がなかった。
  • 2013年4月2日。田丸の当時のブログに「九段昇段おめでとう」のコメントがあった。1日遅れの4月バカと思ったら、将棋連盟HPの片隅に本当に載っていた。九段昇段規定は八段昇段後に250勝。私はまるで不足していたが、フリークラス特別規定で九段の要件を満たしたという。狐につままれた気分だった。
  • 4月1日付で新人棋士、フリークラス棋士、引退棋士、女流棋士、指導棋士の昇段昇級者(九段から1級まで計20人)が発表された(順位戦の昇級昇段者、勝ち星昇段者らを除く)。田丸は2013年同日付で九段に昇段。前記のように人数が多く、将棋連盟から事前の連絡はなかった。そのために妙なことになった。
  • 2023年度の将棋大賞で、18歳の最年少棋士の藤本渚が新人賞を受賞。藤本は勝率が0.850で2位(1位は藤井聡太の0.851).勝利数は51勝で伊藤匠と並んで1位。新人賞は一流棋士への登竜門だ。過去50人のうち35人がタイトル戦に登場し、23人がタイトルを獲得した。藤本が藤井に挑戦する日は遠くないと思う。
  • 2023年度の将棋大賞で最優秀棋士賞は八冠制覇をした藤井聡太(4年連続)。優秀棋士賞は竜王戦と棋王戦で藤井に挑戦した伊藤匠。敢闘賞は朝日杯決勝で藤井を破った永瀬拓矢と銀河戦決勝で藤井を破った丸山忠久が最終候補となり、6票対5票の僅差で丸山が受賞。最優秀女流棋士賞は福間(里見)香奈が受賞。
  • ◎河村範彦さんへ 約65年前は順位戦でC級2組から降級すると引退か、予備クラスで三段と対戦してC2復帰を目指した。30代の棋士は後者を選んだ。そのうち北村文男(囲碁棋士も兼業)、星田啓三(伝説の棋士・阪田三吉の弟子)、橋本三治が昇級。C2から1期で降級は厳しいので、後に降級点制度ができた。
  • ◎佐々木正孝さんへ 田丸が1983年に刊行した「やさしい将棋入門」(小学館・写真は表紙)を読んでいただき感謝します。小学生向けの棋書で「将棋ベスト作戦」「将棋おもしろ戦法」との三部作。将棋好きの萩本欽一さんの対局写真は「ベスト作戦」に載った。当時は出版界が盛況で、初版は各3万部だった。
  • 『エリーさんへ』女流棋士の引退制度のように、順位戦以外の棋戦も基準にするのは合理的だ。50年前には米長邦雄が同じ趣旨の「レイテイング」制度を提案したが、分かりにくいので賛同されなかった。逆に囲碁界では以前に順位戦を導入する動きがあったが、「降級」に拒絶反応があって廃案となった。
  • 『gorogoroさんへ』先手後手の不利をなくすために、A級順位戦を11人・各10局にするのは一案。実際に囲碁名人戦リーグの定員は9人で、黒番白番の違いが大きいので同数である。ただA級の最終戦で10人が一斉に対戦する「将棋界の一番長い日」は将棋ファンに人気が高く、抜け番の棋士がいると興趣をそぐ。